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2018.05.21
建物の取壊し費用の必要経費性について 弁護士 吉田正毅

 近年、空き家等が増加し、社会問題となっていることから、「空家等対策の推進に関する特別措置法」が制定され、空き家の撤去の促進がされました。同法を受けて、一定の空き家の敷地について住宅用地に係る固定資産税及び都市計画税の軽減の対象から除外する税制上の措置(平成 27 年度改正)が講じられ、地方税法349条の3の2が改正されました。この改正により、例えば東京都では、「特定空き家等」に該当すると土地の税額が高くなる可能性がありますというお知らせをしています。そのため、今後、建物の取壊し事例が増加することが予想されます。

 今回は、建物の取壊し費用の税務上の取扱いについてご紹介したいと思います。

 税務大学校論叢という税務大学校研究部教授等が執筆した租税・税務会計等に関する研究論文、判例研究等が掲載されている雑誌があります。この税務大学校論叢の90号(平成29年6月30日発行)において、森重良二税務大学校研究部教授が「建物の取壊し費用の所得税法上の取扱いについて―取壊し目的と必要経費性との関係を中心として―」と題する論文を発表されており、インターネットで全文をご覧いただくことができます。実はこの論文は、私が日税研究賞を受賞した論文「建物の取壊し費用の必要経費性」を全編にわたって引用いただき、ご批判いただいているものです。森重教授の論文10頁脚注4で引用されているほか、脚注49では、私が呼称した基準名をそのまま論文で使用することとしていただいています。
 一般の方がこのような税務論文を読むことはないと思いますので、私が疑問に思って論文を書こうと思ったポイントとそれについての双方の考え方を簡単にご説明したいと思います。

 個人の方が、賃貸用の建物を所有していた場合に、老朽化などの理由から賃貸をやめて、自宅に建て替えることがあります。この場合、従来の実務上の取扱いでは、自宅を建てる目的で建物を取り壊すのであれば、取壊し費用は家事費に該当するとして、必要経費には認められませんでした。しかし、現在は、賃貸業に係る建物の取壊しが賃貸業の廃業に伴って速やかに解体工事が行われるなど、業務の清算の一環として行われたことが明らかであり、かつ、賃貸をやめた後、解体するまでの間、家事用に転用した事実も認められない場合については、その取壊し費用は必要経費に認められています(私はこの見解を業務清算基準と呼称しました。)。
 一方で、賃貸業に係る建物には、取壊し費用以外に建物を建てるために借りた借入金の利子や固定資産税も必要経費として認められています。しかし、借入金利子や固定資産税については、賃貸借契約が終了した時点から必要経費には認められないとされています。
 つまり、現在の実務上の取扱い(業務清算基準)では、賃貸借契約終了後から建物の取壊しまでの間(残務処理期間)、借入金利子や固定資産税は必要経費として認められませんが、最後に発生する建物の取壊し費用は必要経費として認められることとなります。
 建物の取壊し費用、借入金利子と固定資産税は、いずれも所得税法37条に基づき必要経費性が判断されますので、建物の取壊し費用が必要経費と認められるのであれば、取り壊されるまでに発生する借入金利子や固定資産税についても必要経費と認められなければおかしいのではないかという疑問が、拙稿「建物の取壊し費用の必要経費性」をまとめてみようと思ったきっかけです。

 この点についての森重教授の見解は「賃貸用建物の取壊し費用は、あくまでも当該建物に係る貸付業務の残務処理的な行為(いわゆる業務の清算の一環)に要する費用であるというものであって、賃貸借契約終了から建物の取壊しまでの期間について、当該建物が貸付けの用に供されているとするものではないと解されるから、直ちに当該期間の上記費用(固定資産税、借入金利息)の必要経費性を認めるものではない」(論文76頁)とするものです。
 私の個人的な感想を述べると、建物に係る貸付業務の残務処理的な行為であることが必要経費と認める根拠であるとすると、当該残務処理的な行為をするには、一定の期間が必要であることは明らかであり、固定資産税や借入金利子を負担することなく当該残務処理的な行為をすることが不可能であることを考えると、固定資産税や借入金利子の必要経費性が否定される理由はないように思われます。森重教授も「直ちに当該期間の上記費用(固定資産税、借入金利息)の必要経費性を認めるものではない」という書き方をされているところをみると、残務処理期間に発生した固定資産税や借入金利子が必要経費と認められる可能性を否定していないようにも読めます。

 私の個人的な感想はともかく、現在の実務上の取扱いは、賃貸借契約終了後から建物の取壊しまでの間(残務処理期間)、借入金利子や固定資産税は必要経費として認められませんが、最後に発生する建物の取壊し費用は必要経費として認められることとなります。そして、冒頭に述べたとおり、今後は、建物の取壊しが増え、建物の取壊し費用の必要経費性が問題となる事例が少なくないと思われます。その際、残務処理期間が長期にわたった場合の建物の取壊し費用や残務処理期間の固定資産税や借入金利子の必要経費性については、国税不服審判所や裁判所で判断され、理論が精緻化される可能性が高いと思われます。(なお、私は固定資産税や借入金利子の必要経費性等を考えると業務清算基準ではなく取壊目的基準の方が妥当という結論で論文をまとめていますが、詳しくは拙稿「建物の取壊し費用の必要経費性」をご覧ください。)

 かなり専門家向けのお話となってしまいましたが、法律ではこのようなことが議論されます。お読みいただきありがとうございました。

文責:弁護士 吉田正毅

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